猫沢かもめ戯曲集

上演不可能な戯曲をたくさん書いて一冊の本にしようと企んでいます🏖️

天賦の才

●登場人物

先生・・・国語の教員免許を持っている。

太郎・・・3年B組の生徒1。

花子・・・3年組の生徒2。

大人・・・サイトウと呼ばれる男。昔は子どもだった。

 

  暗闇から、少年の朗読が聞こえる。

 

  ゆっくりと明転。

  教室。

  上手側に黒板と教卓。

  下手側に机と椅子が点々と並んでいる。

 

  太郎が起立したまま、山月記を音読している。

  太郎が朗読中にもかかわらず、先生は黒板に何かを書いている。

 

  太郎、山月記を全て読み終える。

 

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

花子 (挙手して)はい。

先生 はい、花子さん。

花子 (椅子を引き、立ち上がり)とても面白いお話だなと思いました。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

太郎 (挙手して)はい。

先生 はい、太郎さん。

太郎 (椅子を引き、立ち上がり)難しくてよく分かりませんでした。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

大人 (挙手して)はい。

 

  ひとりだけ大人が混ざっている。

 

  間。

 

大人 (挙手して)はい。

先生 ・・・。

大人 はい。(自ら立ち上がって)どうしてなのかなって思いました。

先生 え。

大人 どうしてぇ、先生は、僕たちが子どもだった頃に、「これはよく読んだ方がいいよ」って、教えてくれなかったのかなって。

先生 サイトウくん?サイトウくんなの?

大人 あ、はい。

先生 あの、ネコババをうやむやにした?

大人 はい。

先生 学級会で、頑なにネコババを認めなかった?

大人 はい。覚えてますか?

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

先生 サイトウくん。どうして、ここに。

大人 それはぁ、最近、たまたま読む機会があったんですよ、『山月記』。SNSで流れてきて。そしたらぁ、めちゃくちゃ面白くて。大人になってから読むと、めちゃくちゃ刺さって、山月記』。

先生 サイトウくん。

大人 あ、これ、人生に必要なやつだぁって。あの頃、知りたかったわー、って。先生、何で教えてくれなかったんだよー、って。

先生 サイトウくん。

大人 先生が泣きながら、床に倒れ込んで、「これは人生に大切だよ」って言ってくれてたら、真面目に読んだのに。

先生 サイトウくん。

大人 自分には才能があるって、思い込んでしまったばっかりに。後戻りも出来ず、先の見えない将来に怯える、つまらない大人になりました。

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

大人 大人になった今、マッチングアプリにハマっています。

 

  花子と太郎、黒板を見つめたまま。

 

先生 でもね、でもね、サイトウくん。才能がないのは、先生のせいじゃないわ。

大人 ギクッ。

先生 才能がないのは、義務教育とは関連がないのよ。

大人 先生。

花子 (挙手して)先生。

先生 はい、花子さん。

花子 (椅子を引き、立ち上がり)私も才能がないのは、自分のせいだと思います。

大人 やめて。

太郎 (挙手して)先生。

先生 はい、太郎さん。

太郎 (椅子を引き、立ち上がり)僕はちょっと可哀想だなと思いました。

大人 やめて。

先生 先生はこう思うな。才能があると思い込・・・。

大人 やめてください。

 

  花子、いつの間にか大人の左隣に居る。

 

花子 (大人のズボンを裾を引っ張り)ねぇ、ねぇ。

大人 なぁに、花子さん。

花子 大切にした方がいいよ、彼女。

大人 ギクッ。

花子 どうせヒモなんでしょ。彼女にご飯、食べさせてもらってるんでしょ。なのに、マッチングアプリだなんて。

太郎 僕も花子さんの意見に賛成です。

 

  太郎、いつの間にか大人の右隣に居る。

 

先生 (教卓から)先生はこう思うな。才能がない者同士が・・・。

大人 やめてください。

 

  大人、その場にしゃがみ込んで、わんわん泣く。

 

  先生は教卓から降り、大人を見つめている。

  花子と太郎、いつの間にか先生の両隣に居る。

  花子と太郎は、先生のスカートの裾を持ち、先生の後ろに隠れている。

 

  先生と花子、目を見合わせる。

  先生と太郎、目を見合わせる。

 

  先生、サンダルをぱたんぱたんと響かせながら、大人へ歩み寄る。

  先生、大人の背中をさする。

 

先生 サイトウくん。

大人 (泣いている)

先生 才能、あってもなくても、いいじゃない。

大人 (すすり泣いている)

先生 あってもなくても、生きていくしかないじゃない、才能。

 

  間。

 

先生 先生はこう思うな。才能って、いくつかの要素があると思うの。生まれつき秀でてる才能ばかり目につきやすいけど、ひとつのことを実直に続けられる、生きていくことを諦めない、それだって才能だと思うな。

 

  花子と太郎、先生の方角をぼんやり見つめている。

 

先生 先生もね、昔は小説家になりたかったけど、惰性で国語の先生をやっています。

 

  大人、いつの間にか泣きやんでいる。

 

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

  花子と太郎、ぱらぱらと拍手をする。

 

先生 では、39ページを開いて。

 

  生徒たち、自席に戻る。

  太郎、起立して、教科書を朗読する。

 

  街の雑踏が聞こえる。

  朝の通勤の音である。

 

  暗転。

 

 

▼参考文献:

山月記』(青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

 

         🐈🐈

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。