●登場人物
お米・・・お米の妖精。全国の水田に現れては、お米の素晴らしさを説いて回っている。
農家・・・新潟でお米を作っている。稲作農業の会社に勤めている。
明転。
舞台には、青空と水田が広がっている。
舞台奥に土手。軽トラが停まっている。
水田では、農家が稲を植えている。
田植機で回れなかった隅を手植えしているようだ。
農家、三歩下がってから起き上がる。
農家 ふぅ。
農家、右腕で額の汗を拭う。
農家、手植えを再開しようと前傾すると、胸ポケットに入れていたスマートフォンが、水田に向かって落下する。
農家 あっ。
水田にポチャンという音が響き渡る。
農家 あぁー。(天を仰ぐ)
次の瞬間、水面から金色(こんじき)の光が放たれる。
農家 うわぁー!(右腕で両目を覆う)
光は、やがてひとつになり、水田の中央に、お米が現れる。
お米は、スマートフォンを手にしている。
お米 アナタガ 落トシタノハ コノ スマートフォン デスカ?
農家 え?
お米 アナタ スマートフォン 落トシタ?
農家 あっ、スマートフォン。
お米 アナタ スマートフォン?
農家 はい、私、スマートフォンです。
農家、お米からスマートフォンを受け取り、電源が入るか確かめる。
農家 うわっ、良かったー。焦ったー。
お米 アナタ スマートフォン?
農家 はい、無事でした。
お米 ヨカッタ。
農家 あっ。(きちんとお礼をしていないことに気付き)ありがとうございます。
お米 ヨカッタネ。
農家 あ、あの・・・。
お米 ワタシ オコメノ 妖精デス。オコメノ 素晴ラシサヲ 人間ニ 伝エニ来マシタ。
農家 お米さん。
お米 ハイ。オコメ ト 呼ンデクダサイ。
農家 黒川です。(麦わら帽を取る)
お米 オコメデス。
二人、同時に一礼。
お米 デハー、早速、オ伝エ シタイト 思イマス!
農家 よろしくお願いします。(一礼)
お米 チョット ナガク ナリマスカラ ソチラニ オ掛ケクダサイ。
農家 はい。
農家、土手に腰掛けようとする。
お米 アアッ、チョット待ッテ。
お米、胸ポケットからひらりと、白いレースのハンカチーフを取り出し、土手に敷く。
お米 ドウゾ。
農家 ありがとうございます。
お米 フフン。
農家、ハンカチの上に座る。
お米 黒川サン、黒川サン。黒川サンハ ドウヤッテ オコメガ 食卓ニ 届クカ 知ッテイマスカ?
農家 知っています。
お米 エ?
農家 知っています。
お米 オォ・・・。
農家 (胸元に手を当て)農家なので。
お米 オォー。(落胆する)
お米、所在なく、水田に立ちすくむ。
農家 もしかして、お米さんは、各地の水田に現れるシステムですか?
お米 ハイー。
農家 なるほど。
お米 (これまでを振り返り)ダカラ、カ・・・。
農家 水田に現れるということは、そこに居るのは、常に農家さん、ということになりますね。
お米 ソウデスネ・・・。ダカラ ミンナ 驚カナカッタノ デスネ。ミンナ 知ッテイタノデスネ、オコメノ コト・・・。
農家、良い案が閃いたようだ。
農家 水田以外にワープしてみたり?
お米 オ水 無イト、ムズカシイ。オ水 大切デス。田ンボノ オ水 繋ガッテイマス。
農家 なるほど。田んぼにお水、か。季節も限定されますね。
お米、両手で顔を覆う。
お米 アーン、オコメ 素晴ラシサ オ伝エ 出来ナイ ヨーウ。
農家、土手に停車中の軽トラまで歩く。
農家 お茶、飲みますか?
お米 オチャ?(喜ぶ)
農家 玄米茶。うちのお米を使っています。
お米 オコメー!(喜んでいる)
農家、軽トラの運転席のドアを開け、水筒を取り出す。
水筒のコップに、冷たい玄米茶を注ぐ。
水筒に氷がカランカランとぶつかる音が響く。
農家、コップをお米に渡す。
お米、ほくほくと喜んでいる。
お米 イタダキマス。
お米、一気に飲み干す。
お米 プハーッ。トテモ 美味シイ デスー。
農家 良かったです。
お米 久々ニ 飲ミマシタケドー、ヤッパリ オコメノ 風味ガ・・・、アーッ!
農家、軽トラのドリンクホルダーから、透明なプラスチックカップに、透明なストローが刺さった飲み物を取り出す。
アイスコーヒーだ。
農家 最近は、コンビニのコーヒーも随分美味しくなりましたよね。
お米 アーッ!
農家 なんちゃって、まだまだ、豆の違いは、勉強不足です。
農家、ストローでアイスコーヒーを飲む。
お米 アーッ!
農家 あっ、コーヒー、飲みたかったですか?
お米 オコメ、オコメハ・・・?
農家 あっ、私、買ってきましょうか?すぐそこだし。
お米、やり場の無い気持ちを抱え、悶絶する。
農家 SNS、やってみますか?
農家 お米の素晴らしさを、たくさんの人に、伝える方法。SNSで、発信しましょうよ。ほら、こういうの。
農家、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、お米に画面を見せる。
お米 オォ、インターネット。
農家 これ、さっきのコーヒー屋さんです。
お米 オォ・・・。
農家 去年だったかな、東京から、ふらりと現れてね。新潟に住みたい、新潟、気に入ったー、って。「一回、冬に来てみ?冬の新潟を経験してから考えな」って言ったんだけどね。全然、言うこと聞かなくて。あっという間に移住してきたよ。
農家、笑いながら画面を見つめている。
お米は、その横顔が気に入ったようだ。
農家 おおーっ。始めましょう。始めましょう。
お米 デモ、ドウヤッテ?
農家、スマートフォンを掲げる。
農家 水没を免れたお礼です。
農家、腰元に引っ掛けていた手拭いを、土手に敷く。
農家 どうぞ。
お米 オォ、ゴ親切ニ。
農家 ふふふ。
農家はハンカチの上に、お米は手拭いの上に、隣同士、土手に仲良く並んで座る。
農家、スマートフォンで、ポチポチと入力を始める。
農家 これ、お米さんのメールアドレスです。
お米 オォー!メル友?
農家 ふふ、なれますね、メル友。
農家、お米にスマートフォンの画面を見せる。
農家 国産のお米だから、国産のSNSにしましょう。コレなんかどうです?シンプルだし。
お米 オォー。オコメノ アカウントー。
農家 ふふふ。お米さんの、公式アカウントです。
お米 公式マーク ハ?オコメ、認証バッチ、憧レガ アリマスー。
農家 あると思いますよ。多分、この辺に。
お米 アッ、多分、ココ、メニュー?チガウ?設定・・・?モウチョット下、一番下マデ、スクロール シテミテ・・・。
農家とお米、認証バッチを見つける。
二人、アーッと声を上げる。
農家 (認証バッチを付け)おおーっ。
お米 カネテヨリ 憧レテ オリマシタ。
農家 さて、初めての投稿です。
お米 エーッ、エーッ、ドウシヨウカナー。
お米は、少し照れているようだ。
お米、一生懸命、考える。そして閃く。
お米 オコメ、ダイスキー!
農家 ふふふ、それにしましょう。
農家、スマートフォンに打ち込む。
農家、お米に画面を見せる。
農家 はい。
お米 オォ!(画面を覗き込んで)・・・ナンデ カタカナ?
農家 ふふふ。お米さん、カタカナっぽいから。
お米 マァ、イイデショウ。
農家 じゃあ、いくよ?送信!
お米 オコメ、ダイスキー!
お米の言葉が、SNSの世界に放たれた。
農家 バズるといいですね。
お米 バズル?
農家 バズりますよ。なんせお米がSNSやってるんだから。
お米 新潟ト イエバ、ショッペ店、デスネ。オコメ、日本酒。日本酒、スキナ人タチニ(届くといいかも)。
農家 閃いてるな。
お米 ミンナ ワラウ、オコメ ウレシイ。
農家 農家も、です。
晴れ渡る青空の下、一台のスマートフォンを覗き込む二人。
水田は太陽の光を反射し、小さな生き物たちは自然の中で自由に暮らしている。
二人はSNSを眺めて笑っている。
ゆっくりと暗転。
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【この戯曲を書いた人】
猫沢かもめ
https://neko-kamome.hatenablog.com/about
〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。
ブログにエッセイや短編の物語を書いている。
上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。
2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。
翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。