猫沢かもめ戯曲集

上演不可能な戯曲をたくさん書いて一冊の本にしようと企んでいます🏖️

お米の妖精

●登場人物

お米・・・お米の妖精。全国の水田に現れては、お米の素晴らしさを説いて回っている。

農家・・・新潟でお米を作っている。稲作農業の会社に勤めている。

 

  明転。

  舞台には、青空と水田が広がっている。

  舞台奥に土手。軽トラが停まっている。

 

  水田では、農家が稲を植えている。

  田植機で回れなかった隅を手植えしているようだ。

  農家、三歩下がってから起き上がる。

 

農家 ふぅ。

 

  農家、右腕で額の汗を拭う。

 

  農家、手植えを再開しようと前傾すると、胸ポケットに入れていたスマートフォンが、水田に向かって落下する。

 

農家 あっ。

 

  水田にポチャンという音が響き渡る。

 

農家 あぁー。(天を仰ぐ)

 

  次の瞬間、水面から金色(こんじき)の光が放たれる。

 

農家 うわぁー!(右腕で両目を覆う)

 

  光は、やがてひとつになり、水田の中央に、お米が現れる。

  お米は、スマートフォンを手にしている。

 

お米 アナタガ 落トシタノハ コノ スマートフォン デスカ?

農家 え?

お米 アナタ スマートフォン 落トシタ?

農家 あっ、スマートフォン

お米 アナタ スマートフォン

農家 はい、私、スマートフォンです。

 

  農家、お米からスマートフォンを受け取り、電源が入るか確かめる。

 

農家 うわっ、良かったー。焦ったー。

お米 アナタ スマートフォン

農家 はい、無事でした。

お米 ヨカッタ。

農家 あっ。(きちんとお礼をしていないことに気付き)ありがとうございます。

お米 ヨカッタネ。

農家 あ、あの・・・。

お米 ワタシ オコメノ 妖精デス。オコメノ 素晴ラシサヲ 人間ニ 伝エニ来マシタ。

農家 お米さん。

お米 ハイ。オコメ ト 呼ンデクダサイ。

農家 黒川です。(麦わら帽を取る)

お米 オコメデス。

 

  二人、同時に一礼。

 

お米 デハー、早速、オ伝エ シタイト 思イマス!

農家 よろしくお願いします。(一礼)

お米 チョット ナガク ナリマスカラ ソチラニ オ掛ケクダサイ。

農家 はい。

 

  農家、土手に腰掛けようとする。

 

お米 アアッ、チョット待ッテ。

 

  お米、胸ポケットからひらりと、白いレースのハンカチーフを取り出し、土手に敷く。

 

お米 ドウゾ。

農家 ありがとうございます。

お米 フフン。

 

  農家、ハンカチの上に座る。

 

お米 黒川サン、黒川サン。黒川サンハ ドウヤッテ オコメガ 食卓ニ 届クカ 知ッテイマスカ?

農家 知っています。

お米 エ?

農家 知っています。

お米 オォ・・・。

農家 (胸元に手を当て)農家なので。

お米 オォー。(落胆する)

 

  お米、所在なく、水田に立ちすくむ。

 

農家 もしかして、お米さんは、各地の水田に現れるシステムですか?

お米 ハイー。

農家 なるほど。

お米 (これまでを振り返り)ダカラ、カ・・・。

農家 水田に現れるということは、そこに居るのは、常に農家さん、ということになりますね。

お米 ソウデスネ・・・。ダカラ ミンナ 驚カナカッタノ デスネ。ミンナ 知ッテイタノデスネ、オコメノ コト・・・。

 

  農家、良い案が閃いたようだ。

 

農家 水田以外にワープしてみたり?

お米 オ水 無イト、ムズカシイ。オ水 大切デス。田ンボノ オ水 繋ガッテイマス。

農家 なるほど。田んぼにお水、か。季節も限定されますね。

 

  お米、両手で顔を覆う。

 

お米 アーン、オコメ 素晴ラシサ オ伝エ 出来ナイ ヨーウ。

 

  農家、土手に停車中の軽トラまで歩く。

 

農家 お茶、飲みますか?

お米 オチャ?(喜ぶ)

農家 玄米茶。うちのお米を使っています。

お米 オコメー!(喜んでいる)

 

  農家、軽トラの運転席のドアを開け、水筒を取り出す。

  水筒のコップに、冷たい玄米茶を注ぐ。

  水筒に氷がカランカランとぶつかる音が響く。

 

  農家、コップをお米に渡す。

  お米、ほくほくと喜んでいる。

 

お米 イタダキマス。

  

  お米、一気に飲み干す。

 

お米 プハーッ。トテモ 美味シイ デスー。

農家 良かったです。

お米 久々ニ 飲ミマシタケドー、ヤッパリ オコメノ 風味ガ・・・、アーッ!

 

  農家、軽トラのドリンクホルダーから、透明なプラスチックカップに、透明なストローが刺さった飲み物を取り出す。

  アイスコーヒーだ。

 

農家 最近は、コンビニのコーヒーも随分美味しくなりましたよね。

お米 アーッ!

農家 なんちゃって、まだまだ、豆の違いは、勉強不足です。

 

  農家、ストローでアイスコーヒーを飲む。

 

お米 アーッ!

農家 あっ、コーヒー、飲みたかったですか?

お米 オコメ、オコメハ・・・?

農家 あっ、私、買ってきましょうか?すぐそこだし。

 

  お米、やり場の無い気持ちを抱え、悶絶する。

 

農家 SNS、やってみますか?

お米 エ? エス エヌ エス

農家 お米の素晴らしさを、たくさんの人に、伝える方法。SNSで、発信しましょうよ。ほら、こういうの。

 

  農家、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、お米に画面を見せる。

 

お米 オォ、インターネット。

農家 これ、さっきのコーヒー屋さんです。

お米 オォ・・・。

農家 去年だったかな、東京から、ふらりと現れてね。新潟に住みたい、新潟、気に入ったー、って。「一回、冬に来てみ?冬の新潟を経験してから考えな」って言ったんだけどね。全然、言うこと聞かなくて。あっという間に移住してきたよ。

 

  農家、笑いながら画面を見つめている。

  お米は、その横顔が気に入ったようだ。

 

お米 オコメ、SNSハジメル。

農家 おおーっ。始めましょう。始めましょう。

お米 デモ、ドウヤッテ?

 

  お米、スマホが無い、というジェスチャーをする。

  農家、スマートフォンを掲げる。

 

農家 水没を免れたお礼です。

 

  農家、腰元に引っ掛けていた手拭いを、土手に敷く。

 

農家 どうぞ。

お米 オォ、ゴ親切ニ。

農家 ふふふ。

 

  農家はハンカチの上に、お米は手拭いの上に、隣同士、土手に仲良く並んで座る。

 

  農家、スマートフォンで、ポチポチと入力を始める。

 

農家 これ、お米さんのメールアドレスです。

お米 オォー!メル友?

農家 ふふ、なれますね、メル友。

 

  農家、お米にスマートフォンの画面を見せる。

 

農家 国産のお米だから、国産のSNSにしましょう。コレなんかどうです?シンプルだし。

お米 オォー。オコメノ アカウントー。

農家 ふふふ。お米さんの、公式アカウントです。

お米 公式マーク ハ?オコメ、認証バッチ、憧レガ アリマスー。

農家 あると思いますよ。多分、この辺に。

お米 アッ、多分、ココ、メニュー?チガウ?設定・・・?モウチョット下、一番下マデ、スクロール シテミテ・・・。

 

  農家とお米、認証バッチを見つける。

  二人、アーッと声を上げる。

 

農家 (認証バッチを付け)おおーっ。

お米 カネテヨリ 憧レテ オリマシタ。

農家 さて、初めての投稿です。

お米 エーッ、エーッ、ドウシヨウカナー。

 

  お米は、少し照れているようだ。

  お米、一生懸命、考える。そして閃く。

 

お米 オコメ、ダイスキー!

農家 ふふふ、それにしましょう。

 

  農家、スマートフォンに打ち込む。

  農家、お米に画面を見せる。

 

農家 はい。

お米 オォ!(画面を覗き込んで)・・・ナンデ カタカナ?

農家 ふふふ。お米さん、カタカナっぽいから。

お米 マァ、イイデショウ。

農家 じゃあ、いくよ?送信!

お米 オコメ、ダイスキー!

 

  お米の言葉が、SNSの世界に放たれた。

 

農家 バズるといいですね。

お米 バズル?

農家 バズりますよ。なんせお米がSNSやってるんだから。

お米 新潟ト イエバ、ショッペ店、デスネ。オコメ、日本酒。日本酒、スキナ人タチニ(届くといいかも)。

農家 閃いてるな。

お米 ミンナ ワラウ、オコメ ウレシイ。

農家 農家も、です。

 

  晴れ渡る青空の下、一台のスマートフォンを覗き込む二人。

  水田は太陽の光を反射し、小さな生き物たちは自然の中で自由に暮らしている。

  二人はSNSを眺めて笑っている。

 

  ゆっくりと暗転。

 

 

 

      🌾🌾🌾🌾🌾

 

 

        🐈🐈

 

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。

 

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。

小道具

A・・・映画制作会社の小道具。

B・・・その場に、たまたま居合わせた物書き。

 

  実話です。

 

  居酒屋。打ち上げ会場。小上がりのような場所。

  舞台中央、居酒屋によくある、木製の長テーブルが横向きにひとつ。

  AとBが隣同士、居酒屋の壁に背を付け、畳の上に座っている。

  Bは、対面に居る呑兵衛と話しているようだ。

 

A  (Bの肩を、人差し指でちょんちょんとする)

B  は、はい。

A  小道具やりませんか?

B  はい?

A  小道具。

B  小道具。

A  私、映画会社で小道具やってるんですよ。(名刺を見せる)

B  おー。(超有名だ)

A  小道具は、慢性的な人不足で、こうやって、会う人、会う人、スカウトしてるんです。

B  おー。(面白い人だな)

A  この前、アシスタントの子が辞めちゃって。私、今、3年間ずっと、休みの日がありません。

B  おー。(おーっ!)

 

  AとBの前に、注文した料理が並べられたようだ。

 

B  映画の小道具って、どんなお仕事なんですか?

A  私は、靴とか、腕時計とか、こだわりを持って選んでますね。

B  そういうのは、衣裳さんじゃないんですね。

A  小道具がやってますね。台本を読んで、「この人、性格が悪そうだな」って役には、先の尖った靴を履かせるようにしています。

B  おー。(面白いな)

A  嫌(や)な奴って、必ず、先の尖った革靴、履いてません?

B  分かります、分かります。

A  あと、高級腕時計。先の尖った靴と、お高そうな腕時計を、必ず用意するようにしています。

B  あはは。先の尖った、茶色い革靴ですね?

A  そうです、そうです。台本読んで、性格悪そうな役だと、「先の尖った靴、用意できるーっ」って、わくわくします。

 

  B、楽しそうな仕事なので、気持ちが揺らぐが、『3年間、休みがない』ことを思い出し、踏みとどまる。

 

A  私、ペット飼ってるんですよ。

B  へええ。何ですか?

A  猫です。

B  おー。うちもです。

A  スマホに、ペットカメラ入れてて。仕事中に、ペットカメラを見るのが癒しです。

 

  A、スマホの画面をBに見せる。

  薄暗い一人暮らしの部屋に、うごめく動物の黒い影。

 

B  かわいいですね。

A  壁紙はズタボロです。

B  分かります、分かります。

A  やりませんか、小道具。

B  やらないですね。

A  何でよー。

B  よくぞ、その切り口で、「イケる」って思いましたね。

A  やりましょうよ、小道具。スケジュール、こんなんですけど。

 

  A、スマホの画面をBに見せる。

 

B  うわぁーっ!

A  激務ですね。

B  一人ですしね。

A  ねぇ、やりましょうよー、小道具ー。

B  だから、やらないですよ。

 

  A、永遠にBを誘い続ける。

  B、永遠に断り続ける。

 

  居酒屋の背景だった壁が、地鳴りのような大きな音を立て、舞台奥へ一気に倒れる。

  A、B、気にせず喋り続けている。

 

  壁が倒れると、そこには大勢の裏方が舞台装置を作っていた。

  大道具はセットを組み立て、照明は脚立に登り、大型クレーンのカメラが頭上から降りてくる。

  音響のサウンドチェックが始まった。

  マイクを持ち、独特な節回しで「テスト、テスト」と繰り返す、黒いジャンパーの男が現れる。

  下手から上手へ、衣裳の女性が横切っていく。

  左手には大量のハンガーに吊るされた色とりどりの洋服、右手には先の尖った茶色い革靴を、人差し指と中指に引っ掛けながら運んでいる。

 

  舞台には、舞台を創る音が鳴り響いている。

  暗転。

 

 

 

         🐈🐈

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。

 

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。

水彩画の夢

●登場人物

先生・・・国語の教員免許を持っている。

太郎・・・3年B組の生徒1。

花子・・・3年組の生徒2。

大人・・・サイトウと呼ばれる男。昔は子どもだった。

 

  明転。

  教室。

  舞台中央に机がひとつ。

  机の上には、紫陽花が花瓶に生けられている。

  紫陽花を中心に、椅子が客席に向かって、半円を描いて並べられている。

 

  生徒たち、画板を持ち、飛び飛びに椅子に座っている。

  生徒たち、紫陽花に向かって、木炭をかざし、画家っぽい素振りをしている。

 

先生 今日は、紫陽花のデッサンをしようと思います。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

先生 先生は、国語の教員免許しかありませんので、美術のことはよく分かりません。

 

  教室には、いつの間にか、ひとりだけ大人が混ざっている。

 

先生 良く描けた人は、掲示板に貼り出しますので、皆さん、頑張ってください。はい、始め。

 

花子 (間髪入れず)出来ました。

先生 はい、花子さん。

花子 (画板の絵を皆に見せる)

全員 おー。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

太郎 出来ました。

先生 はい、太郎さん。

太郎 (画板の絵を皆に見せる)

全員 おー。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

  花子と太郎、大人をぼーっと見つめる。

 

大人 何だよ。

 

  花子、いつの間にか大人の右隣に居る。

  花子、いつの間にか、大人の絵を覗き込んでいる。

 

花子 (挙手して)はい。

先生 はい、花子さん。

花子 とても前衛的なタッチだと思いました。

大人 やめて。

 

  太郎、いつの間にか大人の左隣に居る。

  太郎、いつの間にか、大人の絵を覗き込んでいる。

 

太郎 (挙手して)はい。

先生 はい、太郎さん。

太郎 僕は、(絵を描くのが)ちょっと恥ずかしいのかなと思いました。

大人 やめて。

先生 先生はこう思うな。義務教育で、絵は採点されるものと刷り込まれているから・・・。

大人 やめてください。

 

  大人、いたたまれず、その場から逃げ出す。

  床に放り出された大人の画板の周りに、いつの間にか花子と太郎が集まっている。

 

花子 (挙手して)はい。

先生 はい、花子さん。

花子 表現することは、素晴らしいことです。

太郎 おー。

花子 周りと比べて、自分は上手い、自分は下手だと点数をつけるのは、批評ですので、それは表現ではないと思います。

太郎 おー。

花子 批評は、表現を記録する手段だと思います。批評は、記録の手段であることを、忘れてはなりません。

太郎 おー。

 

  花子、急に振り向き、太郎に向かって叫ぶ。

 

花子 わぁー!

太郎 わぁー!

 

  太郎、びっくりして、下手側に居た大人に向かって走り出す。

  大人、思わず、太郎を抱きしめる。

 

太郎 わぁー!(泣いている)

大人 おーおー。よし、よし。

花子 ちょっとそれっぽいことを発言したら、おー、だって。ちょっとそれっぽいからって、賛同しないでください。

太郎 わぁー!(泣いている)

花子 今は美術の時間です。自分だけの、自分の為の表現を発表した方がいいと思います。

太郎 わぁー!(泣いている)

花子 (挙手して)先生、太郎さんが泣いています。

先生 太郎さん、お菓子あります。

太郎 わぁー!(泣きやんでいる)

 

  太郎、上手側の先生に向かって走り出す。

  太郎、先生から個包装のお煎餅(2枚入り)を貰い、その場で開封し、食べ始める。

 

  花子、無言で先生を見つめる。

  先生、無言で花子を見つめ返す。

 

  花子、大人が居る下手側へ、つかつかと歩く。

 

花子 (大人のズボンを裾を引っ張り)ねぇ、ねぇ。

大人 なぁに、花子さん。

花子 描きなよ。

大人 え。

花子 描きなよ、続き。描きなよ、最後まで。誰に何と言われようと、最後まで描きなよ。なぜなら、表現することは、素晴らしいことだからです。

大人 花子さん。

花子 サイトウ。

 

  大人、両手を翼のように広げ、花子と太郎を呼ぶ。

  太郎、即座に大人へ向かって走り出す。

  大人、両脇に二人を抱きしめる。

  花子と太郎は、大人のズボンにぴとっとくっつく構図になる。

 

  先生、ぱらぱらと拍手をする。

 

先生 はい、では、掲示板に飾るのは、花子さんの絵にしましょう。

花子 やったぁ。

大人 そんなぁ。

太郎 これが社会か。

先生 はい、次は社会科です。39ページを開いて。

 

  生徒たち、自席に戻り、画板に挟まれていた社会科の教科書を開く。

 

先生 先生は、国語の教員免許しかありませんので、社会のことはよく分かりません・・・。

 

  先生が授業をしている声が響いている。

  ゆっくりと暗転。

 

 

 

 

         🐈🐈

 

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。

 

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。

天賦の才

●登場人物

先生・・・国語の教員免許を持っている。

太郎・・・3年B組の生徒1。

花子・・・3年組の生徒2。

大人・・・サイトウと呼ばれる男。昔は子どもだった。

 

  暗闇から、少年の朗読が聞こえる。

 

  ゆっくりと明転。

  教室。

  上手側に黒板と教卓。

  下手側に机と椅子が点々と並んでいる。

 

  太郎が起立したまま、山月記を音読している。

  太郎が朗読中にもかかわらず、先生は黒板に何かを書いている。

 

  太郎、山月記を全て読み終える。

 

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

花子 (挙手して)はい。

先生 はい、花子さん。

花子 (椅子を引き、立ち上がり)とても面白いお話だなと思いました。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

太郎 (挙手して)はい。

先生 はい、太郎さん。

太郎 (椅子を引き、立ち上がり)難しくてよく分かりませんでした。

先生 はい、拍手。

 

  生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。

 

大人 (挙手して)はい。

 

  ひとりだけ大人が混ざっている。

 

  間。

 

大人 (挙手して)はい。

先生 ・・・。

大人 はい。(自ら立ち上がって)どうしてなのかなって思いました。

先生 え。

大人 どうしてぇ、先生は、僕たちが子どもだった頃に、「これはよく読んだ方がいいよ」って、教えてくれなかったのかなって。

先生 サイトウくん?サイトウくんなの?

大人 あ、はい。

先生 あの、ネコババをうやむやにした?

大人 はい。

先生 学級会で、頑なにネコババを認めなかった?

大人 はい。覚えてますか?

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

先生 サイトウくん。どうして、ここに。

大人 それはぁ、最近、たまたま読む機会があったんですよ、『山月記』。SNSで流れてきて。そしたらぁ、めちゃくちゃ面白くて。大人になってから読むと、めちゃくちゃ刺さって、山月記』。

先生 サイトウくん。

大人 あ、これ、人生に必要なやつだぁって。あの頃、知りたかったわー、って。先生、何で教えてくれなかったんだよー、って。

先生 サイトウくん。

大人 先生が泣きながら、床に倒れ込んで、「これは人生に大切だよ」って言ってくれてたら、真面目に読んだのに。

先生 サイトウくん。

大人 自分には才能があるって、思い込んでしまったばっかりに。後戻りも出来ず、先の見えない将来に怯える、つまらない大人になりました。

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

大人 大人になった今、マッチングアプリにハマっています。

 

  花子と太郎、黒板を見つめたまま。

 

先生 でもね、でもね、サイトウくん。才能がないのは、先生のせいじゃないわ。

大人 ギクッ。

先生 才能がないのは、義務教育とは関連がないのよ。

大人 先生。

花子 (挙手して)先生。

先生 はい、花子さん。

花子 (椅子を引き、立ち上がり)私も才能がないのは、自分のせいだと思います。

大人 やめて。

太郎 (挙手して)先生。

先生 はい、太郎さん。

太郎 (椅子を引き、立ち上がり)僕はちょっと可哀想だなと思いました。

大人 やめて。

先生 先生はこう思うな。才能があると思い込・・・。

大人 やめてください。

 

  花子、いつの間にか大人の左隣に居る。

 

花子 (大人のズボンを裾を引っ張り)ねぇ、ねぇ。

大人 なぁに、花子さん。

花子 大切にした方がいいよ、彼女。

大人 ギクッ。

花子 どうせヒモなんでしょ。彼女にご飯、食べさせてもらってるんでしょ。なのに、マッチングアプリだなんて。

太郎 僕も花子さんの意見に賛成です。

 

  太郎、いつの間にか大人の右隣に居る。

 

先生 (教卓から)先生はこう思うな。才能がない者同士が・・・。

大人 やめてください。

 

  大人、その場にしゃがみ込んで、わんわん泣く。

 

  先生は教卓から降り、大人を見つめている。

  花子と太郎、いつの間にか先生の両隣に居る。

  花子と太郎は、先生のスカートの裾を持ち、先生の後ろに隠れている。

 

  先生と花子、目を見合わせる。

  先生と太郎、目を見合わせる。

 

  先生、サンダルをぱたんぱたんと響かせながら、大人へ歩み寄る。

  先生、大人の背中をさする。

 

先生 サイトウくん。

大人 (泣いている)

先生 才能、あってもなくても、いいじゃない。

大人 (すすり泣いている)

先生 あってもなくても、生きていくしかないじゃない、才能。

 

  間。

 

先生 先生はこう思うな。才能って、いくつかの要素があると思うの。生まれつき秀でてる才能ばかり目につきやすいけど、ひとつのことを実直に続けられる、生きていくことを諦めない、それだって才能だと思うな。

 

  花子と太郎、先生の方角をぼんやり見つめている。

 

先生 先生もね、昔は小説家になりたかったけど、惰性で国語の先生をやっています。

 

  大人、いつの間にか泣きやんでいる。

 

先生 サイトウくん。

大人 先生。

 

  二人、熱い抱擁を交わす。

 

  花子と太郎、ぱらぱらと拍手をする。

 

先生 では、39ページを開いて。

 

  生徒たち、自席に戻る。

  太郎、起立して、教科書を朗読する。

 

  街の雑踏が聞こえる。

  朝の通勤の音である。

 

  暗転。

 

 

▼参考文献:

山月記』(青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

 

         🐈🐈

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター / 劇作家。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

上演不可能な戯曲をたくさん書いて、一冊の本にしようと企んでいる。

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。

説明台詞

●登場人物

A・・・女。

B・・・男。

 

  明転すると男女が向かい合って座っている。

  真っ白な背景に真っ白な箱が三つ。

  一つをテーブル、残りは椅子として使っている。

  テーブルには何も置かれていない。

 

B  乾杯。

 

  B、マイムでグラスのビールを飲み干す。

  A、俯いたまま、Bの話を聞いている。

 

B  ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。

 

  A、俯いたまま、Bの話を聞いている。

 

B  ここの焼き鳥、好きだって言ってたよね。

A  ・・・。

B  付き合って、9年目か。早いね。大学の新歓コンパで、ここで、この席で隣り同士になって。たまたま同じ日に、同じバンドのライブ観に行ってて。

A  ねぇ。

B  そんな偶然あるんだって、盛り上がって。

A  ねぇ。

B  盛り上がっちゃって、鶯谷行って。

A  ねぇ、やめてよ。

B  何だよ、今さら。初心(うぶ)な関係じゃあるまいし。

A  ねぇ、やめてよ。説明台詞。

 

  間。

 

A  やめてよ、説明台詞。説明なんかしないで。

B  せ・・・。

A  説明台詞、しないで。何でよ。どうして説明台詞するの。説明しないと不安なの?伝わらなかったらどうだっていうの?

B  せ。

A  どうして「(真似して)ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。」なんて言うの。冒頭で『ここは居酒屋です』って場所を説明したいの?

B  せつ。

A  あと、それ。(ビールを飲み干すマイムを真似して)あんた、こうやったね。居酒屋でビールっつたらジョッキだろ。だけど(ジョッキの)取っ手を持つ動作だけで伝わるか不安だったんだろ。だからグラスにしたろ。

B  せっ。

A  だったら、(マイムでグラスを手に取り)これは?透明なガラス製でしたか?銅製のビアマグでしたか?グラスに汗かいてましたか?中身はアサヒ?キリン?そこまで説明してよ。説明台詞。

 

B  せっ。

A  説明台詞。

 

  Bが口を開くと、Aが被せるように「説明台詞」と言う。

  俳優は気の済むまで、これを繰り返す。

 

A  説明台詞、しないで。

B  説明させてよ。

A  いい?(椅子として座っていた箱の座面を叩きながら)この、硬い椅子。この、座り心地の悪い、背もたれが直角の、硬い椅子がある居酒屋っていったら、あの居酒屋しかないじゃん。何でよ。もっと信頼してよ、想像力を。あの居酒屋じゃない居酒屋を想像したっていいじゃない。それぞれの居酒屋をさ、思い浮かべてもらおうよ。どうして説明台詞するの?

B  それって、演技論ってこと?

A  やめてよ。

B  スタニスラフスキー・システムってこと?

A  やめてよ。

B  そりゃあ、僕だって、シェイクスピアとかチェーホフとか、テネシー・ウィリアムスを読んで勉強してるよ。

A  全員、死んでるじゃん!

B  サミュエル・ベケット

A  全員、死んでるじゃん。何でよ。生きてる劇作家の戯曲を読んでよ。生きてる人の、生きてる言葉から学んでよ。全員、死んでるじゃん!全員、・・・え、何?

 

  A、テーブルだったはずの箱に、引き出しがあることに気付く。

  引き出しを開けると、白い紙が出てくる。

  A、両手で紙を広げてみる。

 

A  何これ。

 

  B、紙を覗き込み、読み上げる。

 

B  『ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。』

A  やめてよ。

 

  白い背景に、黒い太字のゴシック体で「A」「B」と投影される。

  女の頭の上に「A」、男の頭の上に「B」が配置されている。

 

A  (頭の上を振り払って)やめてよ。

B  やめてよ。

A  やめてよ。私、名前あるから。名も無き「A」じゃないから。

B  やめてよ。

A  何よ。

B  やめて、「よ」。随分、女らしいんだね。今日は。

A  やめてよ。

B  それは『女性の登場人物』の説明?

A  やめて。

B  男女が登場するなら、恋人同士の設定が分かりやすいか。

A  やめて。

B  いいじゃない。説明台詞。分かりやすくして何が悪いの。台詞は伝える為にあるんでしょう。伝わらなかったら意味がないじゃない。そんなの一人芝居だよ。

 

  Bが長台詞を喋っていると、だんだん地明かりが消え、Bはスポットライトにゆっくり照らされていく。

 

A  やめて。お願いだから、やめて。説明台詞。

 

  気がつくと、居酒屋のSEが流れ始める。

  人々の笑い声。食器が重なる音。

  地明かりが再び明るくなると同時に、見知らぬ人々が舞台に上がってくる。

  舞台袖だけでなく、観客席から舞台に上がってくる者も居る。

  見知らぬ大勢が空間を創っていく。

  紺色の前掛けをつけた店員が、ビールジョッキを4杯抱え、狭い通路を歩いていく。

  店員を呼んで注文をする大学生の団体。

  酔い潰れて老害を撒き散らす上司。

  トイレに立ち上がると同時にジョッキを倒す男性。

  雑踏に気を取られているうちに、舞台上に居酒屋のセットが出来上がっている。

  マイムで食事をしていたはずが、テーブルには出来立ての料理が並んでいる。

  Bは、何事もなかったかのように、焼き鳥(ねぎま、タレ)を頬張っている。

 

B  ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。

A  いいのよ。私、ここの焼き鳥が好きだから。

B  君はいつもそう言うね。

A  出会った日から言ってるわ。9年前からよ。

B  ごめんね。僕が不甲斐ないばっかりに。

A  いいのよ。貴方がロックスターになるまで、私が支えるって決めたんだから。

B  話が、あるんだ。

A  やめて。悪い予感がするわ。

B  いいや、聞いてくれ。今夜、この店に呼び出したのには訳がある。この、二人の思い出の店にね。

A  そうよ。二人が出会ったこの場所。忘れやしないわ。

 

  ゆっくりと暗転。

 

 

         🐈🐈

 

【この戯曲を書いた人】

猫沢かもめ

https://neko-kamome.hatenablog.com/about

 

〈プロフィール〉たのしげなライター。

ブログにエッセイや短編の物語を書いている。

2024年7月28日、「劇作家じゃなくても参加できます」の案内文を間に受け、カハタレ ワークショップ『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』(講師:梢はすか氏)に参加。

翌日から戯曲を書き始め、現在に至る。

 

▼新頭町戯曲集:

https://atamamati.hatenablog.com/entry/2024/07/30/083508